保育園の行事はいらない!保育士、子ども、保護者、3つの視点で説明します

   

保育園の行事はいらない!保育士、子ども、保護者、3つの視点で説明します

こんにちは!モモンガ(自然大好き保育士)です!

保育園の行事に苦しんでませんか?子どもも保護者も保育士も。

今回は、いらない行事ってなんだ?なんでいらないんだ?行事の問題ってなんだ?ということを、子ども、保護者、保育士の3者目線で書いていきます。

結論は大人の都合で決められる、見栄え重視のこだわりは、子どもも保護者も保育士も苦しめる。です!!

保育園の行事には、いらないものがある!

保育園の行事といえば!入園式遠足参観運動会お遊戯会・・・

1年通して平均20回ほどあります。

保育園の行事のねらいとしては、よくあるのは季節を感じて生活する文化的なねらいと、友達と協力して作り上げる経験をするような人間関係的なねらいの2つです。

しかし、今の運動会、お遊戯会、発表会、本当に必要でしょうか?

普段やってきたことを見てもらう、子どもが主役になって一生懸命することは悪いことではありません。

しかし、子どもが「やりたい!」とも言ってないのに、やりすぎじゃないの?と思うのです。

今の幼稚園、保育園、子ども園の運動会やお遊戯会を見ていると、ほとんどがその1日のために練習させる過程をとっています。

1日のために、1ヶ月ほど毎日毎日練習させ、当日晴れやかな舞台で披露する。

内容は行進したり、きっちり並んだり・・・子どもの発達上、果たして本当に必要なのでしょうか?

やりすぎ行事は、園によって異なるでしょうが、今回はズバリ、やりすぎ行事ベスト2の運動会、お遊戯会のことメインで話を進めていきます。

子どもにとって、行事はいらない

子どもの発達上あの練習は、あの取り組みは本当に必要なのでしょうか?

行事のねらいと実際にはギャップはないのでしょうか?

やらせる行事に子どもはどう感じているのか?そんなお話です。

大人が子どもにさせるような行事はいらない

子どもが主体的に取り組んでいない行事は必要ありません。

子どもは「練習長すぎてしんどい」「遊ぶ方が楽しい」と言うでしょう。

私も幼児期の頃、並んだりマーチングで足並みそろえて歩かされたりしましたが、その経験は特に生きてはいません。

セリフを覚えさせられたりしましたが、その経験は特に生きていません。

小学校で仲間とやりとりをして主体的に進められるなら、集団や社会の中で輝きたいという気持ちがでてきている時の体験なら、別ですが。

例えば運動会。

「しっかりならびなさい!」「静かになるまで●秒かかりました」「歩く速さを合わせて!」「1!2!1!2!」

こんな光景よく見ませんか?

子どもの発達にとって、前に合わせてそろえて並ぶことや、足並みそろえて行進することがプラスになることはほぼありません。

できるのは自分の持っている能力を発揮して結果できているということなのです。

というのは、「やらないとできない」ではなく、「できるからやれる」ということなのです。

前の人との位置関係や、自分が全体のどこにいるか?という空間認識能力が未発達な状態の子どもに、「ちゃんとやれ」というのが無理なことです。

また、運動会やお遊戯会自体、ほぼ全て大人が子どもにさせていることです。

もちろん、遊戯を楽しんで練習する子どももたくさんいます。それはすごく良いのです。

でも、大人は見栄えを気にします。純粋な楽しさではなく見栄えです。

踊りの内容が5分超えるようなものであったり、振り付けが難しかったり。

子どもは練習だけでクタクタです。なんのための生活の場なんでしょうか?

ある線を超えて立派なものをさせる行事はいらないと言えます。

練習で1日がつぶれる期間

大体1ヶ月の期間、午前中は全部練習に費やすような形になります。

子どもがそれぞれ楽しいことや興味あることを見つけてじっくり取り組むことを阻害するので、これは非常にもったいないことです。

酷い場合、午前は運動会の練習、午後は設定という園もあるそうで・・・

何のための保育なのかよく分からなくなってきますね。

この期間の保育の中身なんですが、子どもによって集中力って違ってくるので、午前中ちゃんと意欲的に取り組めている子どもってクラスに1人いれば良い方だと思います。

そしてそういう子はいわゆる出来る子で、平均的な子がちょっと難しい動きが簡単にできてしまって、合ってなかったり。

練習を見てたら分かります。出来る子は練習で手を抜いています。

どこか退屈そうにやっていて、「だって簡単にできるんだもん」というような感じです。

でも、大体の保育園ではみんな一緒の振り付けです。不公平に一人とびぬけたことはさせられません。

さらに可哀相なのは集中力がない子どもです。

集中力は、幼児期の頃に何か課題を与えられてそれに取り組んで鍛錬するようなものではないんです。

それによってできたことは、集中力ではなくて耐久力です。

自分の好きなことにのめりこんで時間を忘れていた。この体験が集中力の1歩です。

これが小学校高学年とか、中学校になって集中できる力を発揮するんです。

嫌々やりたくないのに、もう疲れたのに何回も同じことをやらされて身につけるものではありません。

子どもは素直です。嫌々やって、終わった時。

つまり大人が「頑張りなさいよ」ということを「頑張った」時。

いっぱい誉めてくれると嬉しくなるんです。

それで「達成感を味わった」とか勝手に大人が評価するんです。

その長い&難しい、やりすぎ内容&練習で得たのは耐久力です。達成感でも集中力でもありません。

やるなら子どもたちが自発的に取り組める行事を

子どもが主体的にストレスなく、上手に取り組んでいる園だってあります。

盛り上げたい気持ちって分かりますが、やるなら行き過ぎた内容ではなく、ほどほどの内容を目指すべきなんです。

幼児期において友達や仲間の存在って大事なんですが、クラス20人~30人で全員同じ方向を向いて同じ目標に向かってやらなければならない必要ってなんでしょうか?

さて、ここでよくある運動会・お遊戯会のねらいってものを見てみましょう。

  • 体を動かす気持ち良さや楽しさを経験する。
  • 色々な運動遊びに挑戦し、自信をつける。
  • 歌、踊り、劇への関心を広げる中で様々な表現を楽しむ。
  • お遊戯や劇の練習に意欲的に取り組み、表現する楽しさ、大人との信頼関係や友達と遊ぶ楽しさを味わう
  • いろいろな表現遊びを通して、自分なりに表現し、みんなで一緒に表現することを楽しむ
  • 歌や遊戯など共通の目的に向けて、友達と協力して1つの事を成し遂げる充実感を味わう
  • 絵本を題材にして友達とイメージを共有して遊んだり、ごっこ遊びを通じて人とやり取りする力を育んでいく

ほうほう、ちょっとまとめると

  • 運動に挑戦したり身体を動かすって楽しいなってことを味わう
  • 歌う、踊る、演奏する経験を通して自己表現を楽しむ
  • 友達と協力するって楽しいな!って充実感を味わう
  • 他人とのコミュニケーション、イメージを伝えあう力をつける

こんな感じでしょうか。

どれも楽しむ、味わうことがメインになっています。

だったら子ども主体で、子どもの力でできることをやればいいのにって話です。

何もクラスの20人同じ課題に向かってやらなくても良い訳です。

例えば、短めのやりたい曲や踊りを複数用意して、そこにやりたい子がそれぞれ練習してみるってのも良いものです。

メドレーのようにして発表したらいいんじゃないでしょうか?

これだと子どもの覚える時間は少なくて済みますし、ある程度自分が出せます。

「題材を子どもで決めるのは無理」「人に見せるものだからある程度まとまりがないと・・」とかいう意見があると思います。

でも、それって大人の事情だったりしませんか?

お遊戯するなら「いつも楽しくできる動きをみんなでやってみる」この程度でいいんじゃないでしょうか。

運動会も行進だとか、マーチングだとか、いらないんじゃないでしょうか?

私の経験上、ほとんどの練習は「整列する、並んで進む」ことです。

競技ごとの入退場の練習って何回もやらせてます。何時間もかけて。

運動会ってお行儀を学ぶことがねらいでしたっけ・・・?

運動に挑戦するのがねらいだったら、もうちょっと発表の変えた方が良いのではないでしょうか。

練習中、ふざけてしまう子どもがいて、周りもふざけるような場面、なんであるんでしょう?

答えは簡単。真面目にやったって楽しくないからです。

保育士(職員)にとって、行事はいらない

保育士にとって行事はどれだけ大変で、不合理なことなんでしょうか?

「子どもや保護者から感謝されるから頑張れる」これは建前です。

これが本音だったら保育士の離職率はこんなに高くありません。

大きな行事が改善されればこれだけ楽になるよということをお話します。

大きい行事ほど保育士は消費する

大きい行事で喜ばせるような企画、内容、作り物を保育士は考え、作ります。

これを簡単に言うと保育、福祉、教育ではなく、サービス業です。

では、運動会お遊戯会、保育士はどれだけ苦労しているでしょうか?

大変な仕事を大きく2つに分けます。

  • プログラム、内容、企画(絵本をベースにするなら何にするか、曲はどうするか、競技はどうするか・・・)
  • 作り物(大道具、衣装、小物づくり)

通常保育の仕事プラスこれがあるので、かなり大変です。

徹夜で仕事したなんて普通にある話です。

3日徹夜した、栄養ドリンクの山ができた、伝説じみた話がごろごろ出てきます。

しかも、困ったことに多くの園でこの大変さをウリにしているのです。

どれだけ大変で手作りで素晴らしいものができたか!!ということを自慢する園長や保育士がいます。

「私の園では衣装を1からミシンで作ってね、すごく綺麗でしょう?」

「これ見て、絵本をコンセプトに、障害物競争をつくったのよ」

とか過去の写真を見せて自慢するわけです。

保育士は縫製職人や美術什器製作職人ではありません。

ほとんどの保育士にそんなスキルありません。

ましてや過労を自慢するために働いているわけではありません。

つまりは「お客様が喜ぶからやる」というサービス業状態になっているわけです。

大きな行事がなくなれば残業も持ち帰りもしなくて良くなる

この大きな行事、何時間とられているのでしょうか?

ほとんどの保育園では計算すらしてないでしょうが。

ずばり、大きな行事前の1ヶ月間、大体一人頭1日4時間は取られています。

これは私の働いていた保育園から算出した値です。

7月七夕祭り、9月運動会、11月お遊戯会とあるので、ちょっと算出してみました。

日にもよりますが、毎日残業平均2時間はして、持ち帰り仕事は2時間してました。

行事があると、行事の仕事を優先してやるので、日誌とかお便りとか月案、週案、日案とか壁面とかは持ち帰ってやっていたのです。もちろん無給で。

もし、このボランティアの4時間なくなれば、残業だって減らせますし、持ち帰り仕事なんてなくせます。

サービス残業問題が解決すれば、なり手も増えます。

と言う誰でも分かるような簡単な話です。

行事をやるなら、限られた人員でどこまでできるか妥協点を模索すべき

行事の規模×こだわり度=大変さ になります。

ここを考えて人員はどれくらいいるか?どこまでやるか?ということを考えなければいけません。

ここで私の経験、七夕のお話。以前私の働いていた園では、7月になると、彦星や織姫、天の川を作成します。

それをつかって保育士がプチ劇をするのです。もちろん、クオリティは求められます。

見栄えを気にして毎年作ります。衣装やセットの作り物、劇の練習。地獄の残業が始まります。

天の川ならぬ、三途の川です。

行事はお金をとって、お客を入れてするようなライブや舞台が目的ではありません。

天の川が三途の川にならないためには、限られた人数、人員でどこまでできるかをちゃんと考えるべきです。

ほとんどの保育園では人員に余裕もありません。

よって、保育園でプロ並みの過度な作り物はいらないです。

もしこだわるならそれだけの費用を捻出すべきなのです。人件費とか人件費とか!

身勝手な理想を追い求めるのに、奴隷のように保育士を巻き込むな。と言いたいですね。

保護者にとって、行事はいらない

行事は保護者にとっても負担なのです。

休みをとって、役員なら手伝って・・・

共働きが圧倒的に多い中、健全な姿とは言えません。

そんな一面をお話します。

保護者みんながやりたいわけではない

華やかな運動会、お遊戯会保護者は実際どう思っているのでしょうか?

もちろん「感動した!」という声は多いです。

しかし、共働きが多い日本では、

「行事大嫌い。」「PTA競技とかやめてほしい」「働いてる私からすると、係とか熱心にやれるのは暇なのかと思う」

など、んな声が多数聞かれます。

保護者によって、温度差が激しいということです。

園でもアンケートを取るのですが、子どもが頑張っている姿を見るとその一瞬は感動するものの、やはり係、役員になって大変だったなどの声が毎回聞かれます。

にも関わらず「うーん、それは親も分かってないよね」とか保育士間では言われる始末。

他の「マイクの音が小さかった」などのことはすぐに「改善しよう!」となるのに・・・

こんな感じで、毎年「しなくても良い苦労をしている」と悩む保護者は実は多いのです。

忙しい保護者にとっては休みをとるのも大変

保護者は自分の子どもがもちろん大切ですし、晴れ舞台となると見に行きたい気持ちはやまやまです。

しかし、現実では仕事があるので、時間をつくるのが大変です。

複数の子どもがいる場合はもっと大変です。

大きな行事で自分の親が見に来てくれないと子どもはがっくりするため、いやがおうでも休みをとらなければいけないのです。

もちろん自分の子どもの姿を見るのはとても楽しみなのですが。

保護者の多くは休みをとることでさえ苦労している現状があることがお分かりいただけたでしょうか?

しかし、新の問題はここから。行事には係、役員があるのです。

このためにある役員や係も大変

休みをとることさえ大変な現状に降りかかってくるのは役員、係です。

例えば運動会なら道具だしとか言って、テント設営や撤去を手伝ってもらったり、大玉とか使う道具を用意したりするのです。

園は「協力して成功させる」とか言って、手伝いを募集するのです。

まぁ、何故募集するかって「規模に職員の数が追い付かないから」なんですよね。

つまりは勝手な園がボランティアを強制しているのですよね。

何回も主張しますが、「休みを取るだけでも大変で、ただでさえ疲れている保護者」に「園側が決めた係をボランティアでさせる」という誰も助かってない構図になるわけです。

もしも、運動会、お遊戯会、その他行事が軽くなると、この負担も軽くなります。

保護者にとっても、園のエゴイズムなこだわりはいらないわけです。

なぜ行事があるのか?

子どもにさせるような行事が何故広まっているのか?ということなのですが、これは日本の保育制度と、園の経営戦略2つが原因なのです。

まぁ、現在過剰な演出の理由ほとんどが経営戦略ですが。

まず、日本の保育の歴史と制度の話。

させる行事は自由型なのか設定型なのかというと設定型です。

日本では圧倒的に設定型を主体にした保育園が多いのです。

何故?自由保育は人数や豊かな環境がないと無理だからです。

今の日本の子ども保育士制度では5歳30人に対して先生一人。

30人みんなが色んなことをして遊んでいるのに、それを1人で見るのは不可能です。

でも!文化的に何か触れさせたい!ということで始まったのがお遊戯会。

本当は子ども一人ひとりをもっと自由に色々経験させたいけど、人数的に無理だからやむ負えなく、一斉に同じ活動をさせている訳です。

自由に放任するよりマシということ。これが歴史的、制度的な理由です。

しかしながら、準備や装飾が綺麗で過剰にさせる園の本当のねらいは、客寄せです。

立派に綺麗にしていると、保護者から話題になりやすいのです。

「きちっと並んでびしっと歩いて集団生活いかにも出来てるゥ!」

「こんなに綺麗な衣装で大道具で本格的ィ!すごーい!」

感動させれば園の評判が簡単に上がるだろうと思っているので、そうさせています。

こういった保育園は基本世間知らずで古い体質ですので、現状を見て変えていこうという柔軟さもなく「毎年こうしてきたから」ということを口癖のように使います。

認可保育園は補助金運営でやっているので、頑張っても頑張らなくても運営はできます。

結果、昔の伝統というか、やってきたことを引き継いできただけの保育園がわんさかあります。

行事の質や量が現代に合っていないのも、そのせいとも言えるでしょう。

まとめ

結論:大人の都合で決められる、見栄え重視のこだわりは、子どもも保護者も保育士も苦しめるだけだ!

ということです。

近年になって色んな保育の形。それこそ行事が少ないような保育園も出てきています。

保育士の方も保護者の方も自分に合った保育園を見つける時に、行事に注目するのも良いかもしれませんよ!

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